荒野の牧場

観た映画についてメモします。

『新感染半島 ファイナル・ステージ』は主人公が違っていた気がする

2021年初の劇場鑑賞は『新感染半島 ファイナル・ステージ』にした。
予告を観てもゾンビの数で景気が良さそうに思えてしまう。わしゃわしゃだ。

ゾンビが跋扈する終末世界で、少女は車をテクニカルに操り、疾走するゾンビを退ける。
別の場所では、大人たちがゾンビから人間が逃げ切れるかどうか賭け事に日夜興じている。
これらの人々は年齢も境遇も異なるが、舞台となる半島は、まるで子どもの遊び場の様相を呈している。永遠に終わることのない、ただ死が訪れるのを待つだけの遊び場ではあるが。だが少女にとっては、家族がいればそれだけで悪くない世界だった。

そんな世界に外部から一人の男が現れる。
彼はこの世界を脱出する鍵となり得る動機を持ってやって来た。そして彼もまた、少女の母親を見て察する。彼女は、かつて自分が見捨てた親子の母親だと…。

『新感染半島 ファイナルステージ』は『新感染 ファイナル・エクスプレス』の4年後を描いたポストアポカリプス映画だ。邦題が長すぎて嫌気がさすので、『感染半島』と省略する。
一応続編だが主人公や関連人物は前作と切り離されているので、独立して鑑賞することは可能だ。

そもそもこのシリーズは前作の『新感染』だけでなく、アニメーション映画の『ソウル・ステーション/パンデミック』が前日譚として存在している。それを含めると同じ世界観で作られた映画は本作で3作目だ。
『新感染』と『ソウル〜』は、ゾンビが溢れ始めた社会で浮き彫りになる人間の心理をまるでコインの表と裏のように描き切った、と私は考えている。

だからその次となる『感染半島』がゾンビの溢れた状況が日常と化した世界を舞台とするのは当然のように思える。
だが今回は設定する主人公を間違えていた気がしてしまった。

映画の冒頭でゾンビが出現し始めた韓国の状況を説明するシークエンスが終わった後、次に出るべきだったのは、少女と妹、その家族の半島での生活だったのではなかろうか。少女の日常と非日常を中心に据えて描くことで、最後の愁嘆場と生命への執着はより深まっていた気がするし「私たちがいた世界も悪くなかったです」という言葉の裏側にある家族への想いがもっと伝わったのでは…と思った。
少女だけではない。最初は人々を助ける為に奮闘していたはずの軍人達は、ある者は快楽に走り、別の者は絶望に浸っている。彼らを描くことにもう少し時間を割けば、もう少し良いキャラクターになっていた気がしている。

とはいえドラマ的に良い点も本作にはある。
生き延びて香港で生活していた元軍人のジョンソクが店で飲んでいると、半島から来た奴らと罵られ、病気が伝染るからどっかへ行けと排除の声をぶつけられる。
コロナが蔓延する現代の状況下と偶然にもシンクロしたような感じがして、生々しいものを感じた。

色々とドラマ面で不満はあるが、アクションは素晴らしい。超絶ドライビングテクで、ゾンビの跋扈する終末世界を生き抜く天才ドライバー姉妹の活躍は舌を巻く。こんなキャラクター設定を成立させてしまう力技には驚いた。
また、カン・ドンウォンの俊敏な動きと銃撃を組み合わせた接近戦も見る価値あり。

前の2作は気にせずに楽しむのが良いのかもしれない。
なんか『マッドマックス』や『ワイルド・スピード』以上にハンドルを切ってた気がする。ぶつかり具合は良い勝負だが。

新感染 ファイナル・エクスプレス(字幕版)

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ソウル・ステーション/パンデミック(字幕版)

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  • 発売日: 2018/01/24
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