荒野の牧場

観た映画についてメモします。

『すばらしき世界』と『身分帳』に浸った。

西川美和監督の最新作を鑑賞。
公開前に流れた評価の高さ、あらすじ、予告で気になったので足を運んだ。この方の作品、どれも評価が高いのに自分ちゃんと観られてないなーと思い返してたら、そういえば『ディア・ドクター』は鑑賞していた。あれは結構良かった印象。

で、全体的な感想として憎めない映画だった。
良い作品であるのは間違いないのだが、細かいところで気になる部分がちらほらとあり、それが積み重なる。
街でサラリーマン風の男に絡むチンピラ2人の描写、こういう感じかー、介護施設の陰口のこういうのかー、最後の最後でこういう展開かー……などなど。

にも関わらず感動しちゃってる自分もいる。
だから大好きまでは行かず憎めないな、という気持ちで折り合いをつけたと表現すれば良いだろうか。
私たちが生きる世界がなぜこんなに面倒くさいかといえば、この世界は人の相互作用によって成立しているからだ。作用を起こす人間はそんなに完璧でなく、故に悪意に満ちている。でもその一方で、優しさにだって満ちている。この現在の世界は感情によって満杯になることは無くて、ずっと色々なものが混ざり合い溶け合いながら、波を起こしたり凪になったりもする。

その変化が如実に表れるのが、結局のところ人と人との関わりの中においてだ。
その関係性の中で生まれる尊さ、残酷さを捉えた作品全体の目線が本作には満ち満ちており、間違いなく心に残ってしまうのだ。
(この映画で私は六角精児氏の演技に初めて胸を打たれた。特に買い物袋を持って一緒に三上と帰る場面)

映画が終わればその映画の中で生きている人達の人生も、そこで終了する。だからその映画が好きだと、登場人物達がその後どうなったのか、どうなっていて欲しいのか、をついつい想像してしまう。

本作はある意味、その想いを予断なく断ち切る。
本作は、美しさや残酷さが感情的にも制度的にも両立してしまっているこの世界についての映画であり、それが充分に描かれれば、それで終わりだからだ。

しかしやっぱり、どこか街の片隅で生き続けようしている人がいるんだと、何もかもまだ始まったばかりなのだと、そういう風に感じて終わりたかったなーと思ってしまった。「こういう世界、こういう社会、こういう現実なんですよ」といわれてしまったら、何も言えないのだけど。閉口せざるを得ないタイトルの出し方。

こうやってウダウダと考えしまうのは、三上の激しくも純粋な感情、傷の残る背中が映る時に垣間見える弱さが、あまりにも素晴らしいからか。彼と関わる周囲の人が表現する思慮深さも好き。そう思わせてくれる演技をみせた役者陣、素晴らしいです。
ただ長澤まさみは、よくこの役を受けたなぁとちょっと考えてしまった。ああいう立場の人が出るのは良いのだが、それにしてはあまりにも書き割り過ぎやしないか…と、こんなところでも気になる箇所が。

で、この後に本作の原案である佐木隆三氏の『身分帳』を読んだ。本来の名前は山川(これも正確には本名ではない…というのは本を読めば分かります)。なんで変更したのかは巻末の解説を読んで欲しい。

読み終わって驚いたのは、概ね原作通りだったこと。ちょっと気になった会社員に絡むチンピラ2人も原作には出てきていたし、映画の終わりも本に書かれた内容をベースにしている。結構丁寧に映像化しているんだな…と思ったが、こちらは時代が昭和から平成初期にかけての話だし、やっぱり現代の話として描くならもう少し変えても良かったような……。
『身分帳』も1つの作品として充分に楽しめました。七転八倒、挫折の連続の日々なのにこうも胸に響くのは、主人公の生きること・生活することへの渇望が伝わってくるからかも。

両方浸ってみるのも、ありかもしれませんね。

身分帳 (講談社文庫)

身分帳 (講談社文庫)